一昨日、昨日と行われた竜王戦第5局は渡辺竜王の圧勝といっていいだろう。先手矢倉から攻めて攻めて、飛車を見捨てる猛攻で勝った。もちろん羽生相手であるから難しいところはいくつもあったのだが、勝ち方としては王道である。少なくとも第4局で一番入れたことによって、精神的には完全に息を吹き返したと見ていいだろう。
先週の竜王戦第4局、私は既に20回以上並べた。並べても並べても感動がある、すばらしい将棋であった。ここまで、第4局のことを書いてきたが、中終盤、特に終盤は、解説の仕様もないほどポイントが多い上に難解すぎて、どうにも書きようがない。ということで今回は図面は載せず文書だけにする。それにしても本当によく渡辺竜王の王様はつかまらなかったものだ。実際、渡辺竜王は自身のブログでも何度も負けを覚悟した旨書いているし、竜王戦中継の中にも「秒に読まれ、一瞬ガグっとうなだれたような仕草」をしたとの記述がある。
今回の一局で、渡辺竜王は天才だ、とつくづく思わされた。ここで言う天才とは、「他の人が決して持ち合わせない、特殊な能力を持った人」である。渡辺竜王の将棋というのは非常にオーソドックスである。奇をてらうようなことはあまりしない。かといって、谷川九段の「光速の寄せ」、羽生名人の「羽生マジック」といわれるような驚くような手が出てくるわけでもない。順位戦など見ていると、はっきり言って強いのか弱いのかよく分からないというくらいである。しかし、渡辺竜王は、竜王戦という将棋界最大の舞台で、なぜか奇跡的な勝ち方をする。前々期の竜王戦第3局では、奇跡のような詰み筋が生まれて逆転。防衛につながった。前期竜王戦の第6局では0手で香車を取らせるという、将棋の常識では考えられないような手を見つけ出し、防衛を決めた。もちろんそういった手を指せるということが強いということなのだが、それにしてもそういう手が転がっていて、それを見つける嗅覚があるところが天才なのだ。今回もほとんど詰みなのに、玉がのらりくらりと逃げ、最後は「打ち歩詰め」で逃れた。
今までにいなかったタイプの天才だ。谷川、羽生両者の将棋は、常人の技ではないけれでも、「奇跡」ではない。谷川は普通の棋士が考えないところから寄せの構図を描き実現させる。だから皆驚くけれども、局面が進めば「なるほどすごい」と唸らされるすごさだ。羽生は驚くような逆転勝ちをするけれでも、相手が羽生に圧倒されて転ぶことが多い。それに、これだけ強いのは「奇跡」とは違う。それに対し、渡辺の場合は本当に奇跡的な勝ち筋が、まるで天から降ってきたかのように現れる。詰みそうなところからぎりぎりの筋で免れる。とても詰みそうもないところから、詰み筋が出現する。将棋を並べてこれだけ私が感動するのは、渡辺の将棋だけだ。奇跡的な筋が出てくることで、将棋の奥深さを感じさせてくれる。しかも、それを本人が意図していなさそうに見えるところに興味が持てる。まったく偶然にこのような奇跡的なことが起きているように思わされるが、実は全て本人が画策しているのではないか、それくらい強いのではないか、そして、それを悟られないようにブログに自分の心情らしきものを公表しているのではないか、そう勘ぐりたくなるようなことすらある。まあ、さすがにそのようなことはないだろうと思うのだが、そのような可能性があると思わせるところに、渡辺竜王の魅力があるのではないだろうか。
第4局の投了の瞬間の控え室の様子を、中継より引用する。
控え室は「すごい」と口々に声が上がる。報道陣が驚きながら対局室に向かう。「すごい勝負でしたね」の声。
人間は、本当に驚いたときは「すごい」という言葉しか出てこないのだ。すごい対局であった。
【教訓】天才には、天から啓示のような何かが降ってきてそれをつかむことができるが、凡人には一生つかめないし理解できない。でも「天才ってすごい!」と感動することができる。それってすばらしいじゃない!
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